親が亡くなり、誰も住まなくなった実家。
「この家を売って、きょうだいで分ければよいのではないか」
最初は、そのように考えていても、実際に売却を進めようとすると、思わぬところで話が止まってしまうことがあります。
相続した不動産は、価格を査定し、買い手を見つければ売却できるとは限りません。
誰が不動産を相続するのか。売却代金をどのように分けるのか。生前の親子関係や、これまでの費用負担をどう扱うのか。
さらに、不動産の分け方によって、税金や社会保険料に違いが生じる場合もあります。
今回は、私が実際に相談を受けた事例をもとに、「遺産分割協議」と「換価分割・代償分割」について解説します。
※個人の特定を避けるため、実際の相談をもとに、家族構成・性別・金額などを変更し、一部の事情を抽象化して再構成しています。制度の説明は公的資料に基づいています。
雨漏りの修繕をしたリフォーム会社さんからの紹介
この相談は、あるリフォーム会社さんからの紹介がきっかけでした。
その会社は、生前のお母様が暮らしていた実家の雨漏りを修繕していました。
お母様が亡くなった後、ご家族の間で実家の売却が問題となり、不動産の相談先として私を紹介していただいたのです。
実家は築年数の古い戸建住宅でした。
お母様が残した財産は、実質的にその家だけという状況でした。
不動産の価格については、ここでは仮に1,200万円という数字に置き換えて説明します。
相続人は3人のきょうだい。この記事では長男、長女、次男という設定にします。
次男は母親の近くで暮らし、日常生活を支えていました。
家の修繕費用や、母親が亡くなった後の葬儀費用も、次男の家庭が負担していました。
次男は、家を売却したら、それまでに支払ってきた費用を精算し、残りの金額をきょうだいで公平に分けたいと考えていました。
ところが、ほかのきょうだいは、その考えに納得できませんでした。
家族によって「公平」の考え方が違っていた
ほかのきょうだいには、以前から不公平だと感じていたことがありました。
それは、次男が生前の親から、ほかのきょうだいよりも手厚い経済的な支援を受けていたということです。
そのため、次男が負担した修繕費や葬儀費用を売却代金から差し引くことには納得できず、売却代金を公平に分配するべきだと考えていました。
一方、次男には、母親の暮らしを身近で支え、実際に費用を負担してきたという思いがありました。
どちらも、自分たちなりの公平を求めていたのだと思います。
しかし、何を公平とするかについて、考え方が一致していませんでした。
私はこの相談を通じて、不動産の売却を進める前に、まず遺産分割の問題を整理する必要があると感じました。
遺産分割協議とは何か
最初にご家族へ説明したのが、「遺産分割協議」という手続きです。
相続人が複数いる場合、亡くなった人の財産を、誰がどのように取得するのかを決める必要があります。
今回のご家族は、この基本的な仕組みをよくご存じありませんでした。
民法第907条には、遺産の分割について次のように定められています。
(遺産の分割の協議又は審判)
共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
この条文を分かりやすく説明すると
第1項は、原則として相続人同士の話し合いによって、遺産をどのように分けるか決められるということです。
ただし、遺言による分割禁止や、法律上認められた分割禁止の合意がある場合などは例外です。
第2項は、相続人間で話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所に遺産分割を求めることができると定めています。
例えば、相続人が子ども3人だけで、遺言による指定などがなければ、法定相続分は原則として各3分の1です。
しかし、実家そのものを必ず3人の共有名義にしなければならないわけではありません。
誰か一人が取得する方法や、売却してお金を分ける方法も考えられます。
その具体的な方法を決めるために、遺産分割協議が重要になるのです。
実家をどう分ける?換価分割と代償分割の違い
相続財産の大部分が一軒の実家という場合、現金のように簡単には分けられません。
不動産の遺産分割には、主に次の方法があります。
| 分割方法 | 内 容 |
|---|---|
| 換価分割 | 不動産を売却して、代金を相続人で分ける |
| 代償分割 | 一人などが不動産を取得し、ほかの相続人に代償金を支払う |
| 現物分割 | 財産そのものを相続人ごとに分ける |
| 共有分割 | 複数の相続人が共有で不動産を取得する |
今回の相談で特に検討したのは、換価分割と代償分割です。
換価分割とは
換価分割は、不動産を売却し、売却代金を相続人で分ける方法です。
例えば、説明上の仮定として1,200万円で実家を売却し、相続人3人が均等に分けるとすれば、売却費用や税金などを考慮する前の単純計算では、一人400万円となります。
誰も実家を使う予定がなく、現金で公平に分けたい場合には分かりやすい方法です。
ただし、売却価格や費用負担、分配割合に合意が必要です。
代償分割とは
代償分割は、相続人の一人などが不動産を取得し、その代わりにほかの相続人へ代償金を支払う方法です。
例えば、相続人の一人が1,200万円と評価された実家を取得し、ほかの二人へそれぞれ400万円ずつ代償金を支払う方法が考えられます。
この場合、その相続人には原則として代償金を支払う資力が必要になります。
また、代償金の計算に用いる不動産評価額や、支払時期、支払原資をどうするかも重要です。
相続税評価額と不動産市場での売却見込額が同じとは限らないためです。
なお、代償分割で取得した不動産を後から売却することもありますが、売却代金を代償金の原資にする場合には、支払条件や資金繰りを含めた具体的な検討が必要です。
なぜ代償分割を検討したのか
今回の相談では、当初、実家を売却して、その代金を相続人で分ける「換価分割」が考えられました。
しかし、私は別の点も気になりました。
それは、不動産を売却することによって、相続人それぞれの税金や社会保険料にどのような影響が生じるのかということです。
実は、不動産の売却によって所得が発生すると、加入している健康保険の制度などによっては、翌年度の保険料が増える場合があります。
今回のご家族は、相続人によって加入している社会保険制度が異なっていました。
そのため、私は単純に売却代金を分けるのではなく、相続人の一人が不動産を取得し、ほかの相続人に代償金を支払う「代償分割」についても検討しました。
もちろん、代償分割にすれば必ず経済的に有利になるわけではありません。実際には、税金や社会保険料、代償金の支払方法などを総合的に検討する必要があります。
私は、相続した不動産をどう分けるかという判断では、売却代金の分配だけでなく、その後の家族の暮らしや経済的な負担まで考えることが大切だと思っています。
今回は、そうした観点から代償分割を検討しましたが、最終的に相続人の間で合意に至らず、実現しませんでした。
生前の援助は「特別受益」に当たるのか
今回、ほかのきょうだいが問題にしていたのは、生前に一人だけが親から比較的大きな経済的支援を受けていたということでした。
相続では、こうした問題を検討する制度として「特別受益」があります。
民法第903条では、共同相続人が一定の生前贈与や遺贈を受けていた場合に、相続分の計算でこれを考慮する仕組みが定められています。
例えば、特定の子どもだけが住宅購入資金や事業資金などとして多額の贈与を受けていた場合、特別受益に当たるかが問題になることがあります。
ただし、親から経済的な援助を受けたものすべてが、当然に特別受益になるわけではありません。
贈与の目的や金額、親の資力、家庭の事情、扶養の範囲などを踏まえた判断が必要です。
また、親が相続分の計算にその贈与を反映させない意思を示していた場合など、別の検討が必要になることもあります。
家族の間で不公平だと感じることと、法律上の特別受益が認められることは、同じではありません。
親を支えた費用は「寄与分」として認められるのか
一方、親の近くで暮らし、修繕費や生活上の負担を引き受けてきた相続人については、どう考えればよいのでしょうか。
関係する制度の一つが「寄与分」です。
民法第904条の2では、亡くなった人の財産の維持や増加に特別に貢献した共同相続人について、その貢献を相続分に反映する仕組みが定められています。
例えば、親の財産の維持に特別に貢献した場合や、通常の親族間の助け合いを超えた療養看護によって財産の減少を防いだ場合などに、寄与分が問題になることがあります。
ただし、親の近くに住んでいたことや、日常的に世話をしていたことだけで、当然に寄与分が認められるわけではありません。
修繕費についても、親から依頼されて立て替えた費用なのか、贈与として負担したのか、財産の維持に特別な寄与をしたのかなど、事情によって法律上の取扱いが異なります。
また、相続人の配偶者など、相続人以外の親族が特別な貢献をした場合には、「特別寄与料」という別の制度が問題になる場合もあります。
このような問題は、不動産会社だけで結論を出すのではなく、弁護士などの専門家と確認する必要があります。
葬儀費用は誰が負担するのか
葬儀費用についても、税務と民事上の問題を区別する必要があります。
相続税の計算では、一定の葬儀費用を相続財産の価額から控除できる場合があります。
しかし、相続人間で遺産を分ける際に、葬儀費用を誰が負担するかという問題は別です。
葬儀費用は原則として遺産分割の対象とは別に扱われるため、一人が葬儀費用を支払ったからといって、その金額を当然にほかの相続人の取り分から差し引けるわけではありません。
誰がどの費用を負担するのか、相続人間で合意できるのかなどを確認する必要があります。
今回のように、過去の援助や費用負担について意見が対立している場合は、特に慎重な整理が必要になります。
話し合いがまとまらない場合、どうすればよいのか
今回の相談では、私は弁護士への相談をお勧めしました。
不動産会社として、売却価格の査定、売却方法の提案、換価分割や代償分割の検討に必要な不動産情報の整理はできます。
しかし、相続人同士の法律上の権利について争いが生じている場合、どちらが正しいかを判断し、争いを代理して解決することはできません。
遺産分割協議がまとまらない場合には、家庭裁判所の遺産分割調停を利用する方法があります。
調停では、相続人それぞれの事情や主張を確認し、合意による解決を目指します。
合意できず調停が不成立となった場合には、原則として審判へ移行し、家庭裁判所が分割方法を判断することになります。
また、相続登記は2024年4月から義務化されており、原則として相続による不動産取得を知った日から3年以内に申請する必要があります。
遺産分割がまとまらない場合でも、相続人申告登記など期限に対応する方法があります。
相続人間の話し合いが進まないからといって、登記の問題まで放置することは避けなければなりません。
相続した実家について、最初に考えていただきたいこと
相続した実家をどうするか考える際、私は次の順番で整理することが大切だと考えています。
- 相続人は誰か、遺言はあるか
- 誰が実家を取得し、どうしたいのか
- 生前の援助や費用負担について争いはないか
- 換価分割と代償分割のどちらが適切か
- 税金・社会保険料・登記などの影響や期限はどうなるか
不動産の査定は、もちろん重要です。
しかし、査定価格が分かっただけでは、相続人全員が納得して売却できるとは限りません。
まとめ|価格を調べる前に、家族が判断できる状態をつくる
今回の相談では、実家の価格を査定し、換価分割と代償分割の方法も整理しました。
それでも、最終的に家族の間で合意がまとまらず、私が関わった範囲では売却には至りませんでした。
不動産の価格は分かっていても、家族の公平さについての考え方までは、査定できません。
また、不動産の分け方によって税金や社会保険料への影響が異なる場合があることも、実務では見逃せない点です。
相続した実家について考えるとき、売るか残すかという結論を急ぐ必要はありません。
しかし、遺産分割や登記、税務には、確認すべき手続きや期限があります。
まず家族の事情と権利関係を整理し、経済的な負担も比較したうえで、納得して判断できる状態をつくる。
私は、それが相続不動産の売却を考える最初の一歩だと思っています。
このご相談の経緯を、動画でもご紹介しています。
相続した実家・不動産についてのご相談
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※制度解説は2026年11月時点の公表情報を基にしています。実際の相続、税務、社会保険料の判断は個別の事情によって異なります。
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