親御さんが老人ホームや高齢者住宅の入居に直面すると、ご家族はまず、新しい暮らしを整えることで精いっぱいになります。
施設選び、契約、引っ越し、必要な家具や生活用品の準備。
介護サービスや医療のことも考えなければなりません。
そのため、
「実家のことは、落ち着いてから考えよう」
となるのは、とても自然なことだと思います。
ただ、親御さんが自宅を離れた瞬間から、もう一つの問題が始まります。
それが、
誰も住まなくなった自宅を、これからどうするのか
という問題です。
売るのか。
残すのか。
貸すのか。
どれが正解という話ではありません。
大切なのは、まだ選択肢があるうちに、一度考えておくことです。
この記事の要点
- 入居したからといって、自宅をすぐ売る必要はありません。
- ただし、「税金の特例」「ご本人の意思確認」「空き家の管理」の3つには期限や制約があります。
- 考える順番は、①本人が戻る可能性 → ②本人の意思 → ③家族が使う予定 → ④誰が管理するか → ⑤お金、です。
80代半ばのお母様がサービス付き高齢者向け住宅へ
以前、知人の息子さんから、お母様の自宅売却について相談を受けたことがあります。
お母様は80代半ば。
ご主人は10年以上前に亡くなられており、それまで一人暮らしをされていました。
介護度は要支援で、身の回りのことはご自身でできていました。
年相応の物忘れはあるものの、ご自身の考えや希望は、はっきりと伝えられる状態でした。
息子さんたちは、お母様のご自宅から車で1時間ほどの場所に住んでいました。
最終的に、お母様はサービス付き高齢者向け住宅へ住み替えられました。
ただ、入居した時点では、
自宅をこれからどうするのか
までは決まっていませんでした。
私は、これは決して珍しいことではないと思っています。
住み替えそのものに大きなエネルギーが必要だからです。
施設を探し、本人と話し、家族で相談し、契約し、引っ越す。
そこまで終えたご家族に、
「では次に自宅をどうしましょうか」
とすぐ考える余裕がないことは、むしろ当然かもしれません。
入居後、今度は「空き家を管理する負担」が始まった
お母様の自宅は、50年以上前に一帯を開発された住宅団地の中にある戸建住宅でした。
周辺では世代交代が進み、両隣の家はすでに売却され、新しく建て替えられていました。
建て替えられて間もない新しい住宅に挟まれる形で、お母様の家だけが誰も住まない状態になっていました。
人が住まなくなっても、家の管理はなくなりません。
庭木は季節ごとに伸びます。
固定資産税もかかります。
防犯も気になります。
定期的に家を見に行く必要もあります。
特にこのご家族の場合、管理を担っていた次男の方は、車で1時間ほどかけて見に行っていました。
庭木が生い茂れば、空き家であることも目立ちます。
しかも両隣は建て替えたばかりの新しい住宅です。
近隣への影響も気になります。
家を使っていなくても、
誰かが管理を引き受け続けなければならない
という現実があります。
この「管理する人の負担」は、空き家を考えるときに、とても重要な視点だと思います。
売却を決めた理由は、お金だけではありませんでした
このご家族は、経済的に困って自宅を売却したわけではありません。
亡くなられたご主人が厚生年金に加入されていたこともあり、お母様の年金収入で、サービス付き高齢者向け住宅の費用はおおむね賄えていました。
高額な入居一時金が必要な施設でもありませんでした。
つまり、
老人ホーム代を払うために、急いで自宅を売らなければならなかった
というケースではありません。
それでも、ご家族は売却することを選びました。
理由はいくつかありました。
息子さんはお二人とも、それぞれすでに自宅を持っていました。
お二人とも実家から離れた場所に生活の基盤があり、将来この実家へ戻って住む予定もありませんでした。
そして、もう一つ大きかったのが、お母様ご自身が、まだ自分で決められる状態だったことでした。
年相応の物忘れはあっても、ご本人の意思ははっきり確認できました。
ただ、年齢を重ねれば、これから先も同じ状態が続くとは限りません。
だからこそ、ご本人が自分の家のことを自分で決められる今のうちに整理しておこう、とご家族は考えました。
「売るか、残すか」を考えるとき、お金だけを見ない
親御さんが住み替えた後の自宅について考えるとき、
「いくらで売れるか」
はもちろん大切です。
ただ、それだけで判断するものではありません。
私は、少なくとも次の5つは一緒に考えた方がよいと思っています。
そして、考える順番にも意味があります。お金の話から始めると、「いくらで売れるか」に引っぱられて、ご本人の気持ちや家族の事情が後回しになりがちです。私は、次の順番で考えることをおすすめしています。
順番1.本人が将来その家へ戻る可能性はあるか
一時的な入院や短期的な施設利用であれば、戻る可能性もあります。
一方で、今後も高齢者住宅や施設で暮らす見込みが高いのであれば、自宅を持ち続ける意味は変わってきます。
順番2.本人の意思確認ができるうちに考えられるか
これは非常に大切です。
高齢になるほど、認知機能が変化する可能性は高まります。
まだご本人が自分の意思を伝えられるうちに、
「この家をどうしたいか」
を家族で話しておくことには大きな意味があります。
家はご本人の財産です。売るにしても、残すにしても、貸すにしても、決めるのはご本人です。だからこそ、この確認を早い段階に置いています。
順番3.家族がその家を使う予定はあるか
子どもが将来住む予定がある。
孫世代が使う可能性がある。
そうした事情があれば、残す選択肢もあります。
逆に、家族全員がすでに別の場所に生活基盤を持っている場合は、その可能性は低くなります。
順番4.誰が管理するのか
空き家を残すのであれば、
庭木の剪定、郵便物、防犯、修繕、近隣対応などを、誰かが担う必要があります。
「残す」という判断には、
誰が、どのくらいの期間、管理を続けるのか
まで含めて考える必要があります。
順番5.住み替え後の生活費や介護費に余裕があるか
今回のご家族のように、年金で施設費用を賄えるケースもあります。
一方で、多くのご家庭では、年金だけで高齢者住宅や老人ホームの費用を長期間払い続けることが難しい場合もあります。
その場合、自宅という資産をどう活用するかは、親御さん自身の今後の暮らしにも関係してきます。
「落ち着いてから」では間に合わないことがある3つの期限
「実家のことは落ち着いてから」と考えるのは自然なことです。
ただ、制度の上では、時間が経つと選べなくなることがあります。知っておいていただきたいのは次の3つです。
1.税金の特例には「住まなくなってから3年」の期限がある
自宅を売って利益が出た場合、一定の要件を満たせば、譲渡所得から最高3,000万円を差し引ける特例があります。
この特例は、すでに住んでいない家にも使えます。ただし、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ることが条件です。
たとえば2026年中に施設へ移られた場合、目安は2029年の年末までになります。
なお、親子や夫婦など、特別な関係にある人へ売った場合は対象になりません。
2.ご本人が判断できなくなると、家族だけでは売れなくなる
自宅の名義が親御さんであれば、売る契約を結ぶのは親御さんご本人です。
認知症などで判断する力が失われると、ご家族が代わりに署名して売ることはできません。その場合は、成年後見制度を利用することになります。
さらに、成年後見人がご本人の自宅を処分するには、家庭裁判所の許可が必要です。
- 許可が必要な「処分」には、売却だけでなく、賃貸や建物の取り壊しも含まれます。
- 今は施設に入っていて住んでいない家でも、入所前に住んでいた家は対象になります。
- 許可を得ずに行った処分は無効になります。
つまり、「売る」だけでなく「貸す」「壊す」も、ご家族だけでは決められなくなるということです。
今回のご家族が、お母様の意思がはっきりしているうちに整理しようと考えたのは、この点から見ても意味のある判断でした。
3.管理が行き届かない空き家は、固定資産税の軽減が外れることがある
住宅が建っている土地は、固定資産税が軽減されています。
ところが2023年12月の法改正で、倒壊のおそれがある「特定空家」だけでなく、その手前の段階である「管理不全空家」も、市区町村の指導に従わず勧告を受けると、この軽減が外れることになりました。
窓や壁が壊れたまま、庭木が伸び放題、といった状態が続くと対象になる可能性があります。
「残す」と決めるなら、管理を続けることが前提になります。
ご注意ください
税金の特例には、ここに書いた以外にも細かな要件があります。実際に使えるかどうかは、税務署または税理士にご確認ください。成年後見制度については、家庭裁判所や司法書士・弁護士が相談先になります。必要に応じて、私から専門家をご紹介することもできます。
「売る・残す・貸す」は、どれが正解という話ではありません
自宅の選択肢は、大きく分ければ、
- 売る
- 残す
- 貸す
という形になります。
ただし、どれが優れているということではありません。
| 残す | 貸す | 売る | |
|---|---|---|---|
| 向いている場合 | 本人が戻る可能性がある/家族が将来使う | 賃貸需要があり、当面は手放したくない | 本人も家族も使う予定がない |
| 続く負担 | 管理の手間、固定資産税、修繕 | 修繕、入居者対応、契約管理 | 売却後はなくなる |
| 気をつけたい点 | 管理が滞ると税の軽減が外れることがある | 一度貸すと、売りたい時にすぐ戻せないことがある | 売った後は元に戻せない。本人の納得が前提 |
| 期限との関係 | 3年の期限と、本人の意思確認の時期に注意 | 相続後に使える空き家の特例は対象外になる | 3年以内なら税の特例を使える可能性がある |
残すという選択
本人が戻る可能性がある。
家族が将来使う予定がある。
管理を無理なく続けられる。
そうした場合には、急いで売る必要はありません。
貸すという選択
賃貸需要があり、一定期間誰かに使ってもらえるなら、貸す選択肢もあります。
一方で、修繕や管理、賃貸契約、将来売却したくなった場合のことまで考える必要があります。
「空いているから貸す」というほど単純ではありません。
特に知っておいていただきたいのは、契約の種類です。
- 普通借家契約:一般的な賃貸契約です。貸主の側から契約を終わらせるには正当な理由が必要で、「売りたいから出てほしい」は簡単には通りません。
- 定期借家契約:あらかじめ決めた期間で契約が終わります。将来売る可能性があるなら、こちらを検討する価値があります。
また、相続した後の空き家を売るときに使える税の特例(昭和56年5月31日以前に建てられた家が対象)は、施設入所後にその家を人に貸していると使えなくなります。古い家を「とりあえず貸す」前に、一度確認しておきたい点です。
売るという選択
本人も家族も今後使う予定がない。
管理負担が大きい。
親御さんの今後の暮らしの資金として活用したい。
こうした場合には、売却が合理的な選択になることがあります。
今回のご家族は、この条件に近いケースでした。
なお、ここまでご紹介したのは、親御さんがご存命の間に、自宅をどうするかという判断です。
一方、親御さんが亡くなり、実家を相続した場合には、相続人の確認や遺産分割協議など、別の問題が生じます。
不動産を売却して代金を分ける「換価分割」と、一人が不動産を取得してほかの相続人に代償金を支払う「代償分割」の違いについても、実際の相談事例をもとに解説しています。
関連記事: 相続した実家、何から始める?遺産分割協議と換価分割・代償分割を解説
早く考えることと、早く売ることは違います
ここは、私が特にお伝えしたいことです。
早く考えることと、早く売ることは違います。
私は、老人ホームや高齢者住宅への住み替えを考え始めたら、すぐ自宅も売却した方がよいとは思っていません。
入居を目前にしたご家族に、
「自宅も一緒に売りましょう」
と言えば、不動産会社側の都合にも聞こえてしまいます。
そうではありません。
自宅について早めに考える意味は、
売却を急ぐためではなく、選択肢を持ったまま判断するため
です。
時間に余裕があれば、
査定を取る。
家族で話し合う。
残す場合の管理負担を考える。
貸せる可能性を調べる。
売却するなら、どのタイミングがよいか考える。
こうした比較ができます。
逆に、何かが起きてから急いで現金化しなければならなくなると、条件をじっくり比較する余裕はなくなります。
結果として、不利な条件でも受け入れざるを得なくなることがあります。
だからこそ、
まだ余裕のあるうちに考えておくこと
に意味があります。
自宅のことを考えることは、親の暮らしを考えることでもある
もう一つ大切なのは、自宅の売却を単なる資産処分として見ないことです。
親御さんの高齢期には、
住まい。
介護。
生活費。
家族の支援。
自宅という資産。
これらがすべてつながっています。
自宅を現金化できれば、施設費用や将来の介護費について選択肢が増えることがあります。
子世代にとっても、
「これからどれくらい費用が必要なのだろう」
という不安が軽くなることがあります。
そして親世代には、
「子どもに迷惑をかけたくない」
という気持ちを持つ方が少なくありません。
自分の資産を自分のこれからの暮らしのために使える見通しが立つことは、ご本人自身の安心にもつながります。
つまり、自宅をどうするか考えることは、
家だけの問題ではなく、親御さんと家族のこれからの暮らしを考えること
でもあるのです。
売却後、家族だけでなく街にも変化がありました
この事例では、最終的に自宅を売却しました。
そして、新たな所有者が見つかりました。
それまで、両隣は新しい家に建て替えられている一方で、真ん中のお母様の家だけが空き家になっていました。
庭木が伸び、誰も住んでいないことが分かる状態でした。
そこに新たな所有者が入り、家が再び使われるようになった。
結果として、ご家族の管理負担がなくなっただけではありません。
両隣を含めた街並みも整い、その一角がまた生活の場として使われるようになりました。
私は、不動産の売却には、
家族の問題を整理するだけでなく、家を次の人へつなぎ、街を次の世代へつないでいく側面もある
と感じています。
よくあるご質問
- 親が施設に入ったら、いつまでに自宅のことを決めるべきですか?
-
決まった期限はありません。ただ、税金の特例を考えると「住まなくなってから3年後の年末」が一つの目安になります。それより大切なのは、ご本人が自分の意思を伝えられるうちに、一度話しておくことです。
- 親が認知症になったら、実家は売れなくなりますか?
-
判断する力が失われると、ご家族が代わりに売ることはできません。成年後見制度を利用し、さらに家庭裁判所の許可を得る必要があります。売却だけでなく、貸すことや取り壊すことにも同じ許可が必要です。
- 空き家のままにしておくと、固定資産税は上がりますか?
-
空き家というだけで上がるわけではありません。ただし、管理が行き届かず「管理不全空家」や「特定空家」として市区町村から勧告を受けると、土地の固定資産税の軽減が外れます。
- 売ると決めていなくても、相談してよいのでしょうか?
-
もちろんです。むしろ、決める前の段階でご相談いただく方が、残す・貸す・売るを比べる時間が取れます。相談したからといって、売却をおすすめするとは限りません。
親が住み替えるとき、自宅についても一度だけ考えてみてください
老人ホームや高齢者住宅への入居が決まったからといって、自宅をすぐに売る必要はありません。
ただ、
- この家に戻る可能性はあるのか
- 本人はこの家をどうしたいのか
- 家族が使う可能性はあるのか
- 誰が管理していくのか
- 今後の生活費や介護費はどうするのか
こうしたことを、住み替えと同じ時期に一度考えておく価値はあります。
結論を出す必要はありません。
大切なのは、
まだ選択肢があるうちに、家族で考え始めること。
早めに考えることは、売却を急ぐことではありません。
むしろ、
家族が時間にも、お金にも、気持ちにも余裕を持って判断するための準備
だと私は考えています。
親御さんの住み替えを考えるときには、次に住む場所だけでなく、これまで暮らしてきた自宅のこれからについても、一度だけ視野に入れてみてください。
そのことが、親御さん自身にも、ご家族にも、後の大きな安心につながることがあります。
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